東京大学日本語教育センター|Center for Japanese Language Education,the University of Tokyo

東京大学の日本人学生の方へ

 

日本語教育センターでは、東京大学の日本人学生のみなさんを対象に以下のような授業、講座を行っています。

 

 

◎全学自由研究ゼミナール  

 

日本語教育センターでは、2017年度 Aセメスターも「全学自由研究ゼミナール『日本語を教える』とは」を開講します。

 

 

 

開講日:

 

毎週木曜日

(2017年9月28日から, 全13回)


 
 

開講時間帯:

 

14時55分から 16時40分まで

 

 
 

開講場所:

 

日本語教育センター(本郷キャンパス 第二本部棟5階 → 地図

※教室は5階エレベーターホールに掲示します。

 

 

 

詳しくは  こちら  を ごらんください。

 

 

 

 

<授業体験(第12講)の様子>  
   
 
 
     
     

<この授業で学んだこと,感想> 受講生の授業アンケートから

     
母語を相対化できる機会は,なかなかないので非常に貴重な経験だった。 (文Ⅲ 2年,男性)  
     
普段自分が使っている言語について,それを学習者に理解できるレベルまで解きほぐして,さらにそれを分かりやすく伝える,ということがいかに難しいかわかった。(中略)そもそも人に物を教える,ということは,自分が知っていることを知らない人の気持ちというものを想像する,というとても難しい行為なのだと実感した。 (理Ⅰ 2年,男性)  
     
今回、教案を考える際には「留学生が使ってみたいと思うか」という観点で例文や練習などを考えた。しかし、自分の普段の語学学習において、そういう観点で学習しているだろうかと振り返ってみると、あまり自分の実生活と結びつけて学ぼうとしていないような気がした。(中略)もっと普段から、自分だったらこの表現をどういう場面で使うかということを考えながら学習して、もっと自分の語学学習を充実したものにしていきたい。(文Ⅲ 2年,女性)
 
     
まず日本語というものについて,こんなに深く考えたことがなかったので,とても良い機会となり,日本語自体への興味も深まった。しかし,教え方は我々が受けた日本語文法教育や外国語学教育のどちらとも異なることを知り,日本の語学教育のあり方を改めて考えさせられた。
初めて正式に「教える」という体験をして,教えるというのはコミュニケーションであるということをとても強く実感した。だからこそ,臨機応変の対応が大事なのだと思う。先生が上にいて生徒がそれを聞く,というものではなく,先生と生徒が一緒になって理解を深めていく,というのが,正しい教育のあり方である気がする。
  日本語について,教育について,留学生の皆さんとの交流について,どれもとても多くのことを学び,得ることができて,本当に良い経験をさせていただいた。このゼミで得た能力や思いは,今後も役立つと思う。(文Ⅰ 1年,男性)
 
     
すごく良い経験になった! 本番の授業は,リハーサルが十分じゃなかった…と反省 するところもあったが,終わった後に,よかったよ~と学生が言ってくれてうれしかった。
最後まで教案にアドバイスを先生たちがくださって,すごく助けられた。「なるべく 生徒に言わせるように」というアドバイスのおかげで,学生に考えさせることができたのではないかなと思う。学生たちが積極的で,わたしも見習いたいと強く思った。
4月に来て,あそこまでしゃべれる,聞けるようになるとはびっくり。(文Ⅲ 2年,女性)
 
     
当たり前のことかもしれませんが,ある言語を母語とする人と,外国語として学ぶ人とでは,習得の過程がまるっきり異なるのだということを,身をもって再認識しました。今まで当たり前に使ってきた日本語のしくみに気づかされ,驚きの連続でした。
  教えることに関しては,学習者の立場に立ち,あらゆる場合を想定して教案を作成し,そのうえで教案にあまり縛られることなく臨機応変に授業を展開していくことが大切だと思いました。目の前にいる学習者のレベルに応じて,学習者に教えたい内容を伝えることを最優先に考えながら授業をしました。(文Ⅱ 2年,女性)
 
     
去年の入学時にシラバスをながめていたときから,ぜひとも受講したいと思いつつ時間的・空間的都合でうけられていなかった科目だったので,今日最後の授業を迎えると思うと感慨深い。外国語としてとらえた日本語という学習内容自体も,教案作成・ミニ授業という体験も,のちのちに活かされると思う。
  そんなモチベーションのわりに,教案も授業もしっかりできなかったという後悔もつのる。考えてみると,自分はなにかをあまり詳しく説明せずに,また説明を求めずに生きてきたような気もする。どのような進路に進もうとも,なにかを「教える」ことからは目をそらせないと思うので,これを機にいろいろ改めていきたい。(というと大げさかもしれないが…)(文Ⅰ 2年,男性)
 
   
   

 

 

 

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